REPORT
海外動向から学ぶ
国や地域によって家族の形は異なりますが、親族の関わりを社会的な支援とつなぐ発想には共通点があります。比較は優劣を決めるためではなく、日本の暮らしに合う問いを得るために行います。本ページでは、米国、英国、オーストラリア、ニュージーランド、韓国の動向を、制度の枠組み、当事者組織、経済的支援、情報提供の四つの観点から整理し、日本での応用の可能性と限界を検討します。
海外で「グランドファミリー」や「キンシップケア(親族養育)」と呼ばれる家庭は、親の薬物依存、収監、精神疾患、死亡などを背景に、祖父母や親族が子どもを育てる形態を指します。日本でも親の病気や離婚、経済的困窮を背景に祖父母が主養育者となる家庭は存在しますが、統計上の把握が進んでおらず、支援の対象として明確に位置づけられていないとされます。海外の事例は、「見えていない家庭を制度の対象にする」過程として参考になります。
ただし、海外の制度は各国の児童保護制度、社会保障、家族観の上に成り立っています。制度の名称や仕組みをそのまま持ち込むのではなく、どの課題に対してどのような考え方で対応したかを読み取ることが、比較の目的です。
米国:グランドファミリーを制度の対象として可視化した経緯
連邦法による親族養育の位置づけと支援プログラム
米国では、親以外の親族に育てられている子どもが数百万人規模で存在するとされ、その多くは祖父母が主養育者です。二〇〇八年の連邦法(Fostering Connections to Success and Increasing Adoptions Act)では、親族による後見への財政支援や、親族養育者を情報と制度につなぐ「キンシップ・ナビゲーター」プログラムが位置づけられました。二〇一八年の家族第一予防サービス法(Family First Prevention Services Act)では、ナビゲーター事業への連邦資金の継続的な支出が可能になったとされます。
これらの制度の特徴は、里親制度の枠内に親族を位置づけて経済的支援を行う流れと、里親制度の外にいる親族養育者にも情報提供と相談支援を届ける流れの二本立てになっている点です。日本の親族里親は前者に相当しますが、後者にあたる仕組みは限定的です。
当事者組織と調査が制度を動かした
米国の制度整備には、Generations UnitedやAARPといった全国組織が、当事者の声と調査データを政策に反映させてきた経緯があります。AARPの調査では、祖父母による孫のケアの時間や経済的貢献が数値化され、その規模の大きさが報道と政策議論の材料になりました。AARP調査が示す孫育ての経済的価値では、その内容を詳しく扱っています。
日本への示唆は、制度の設計以前に「どれだけの家庭が、どれだけの負担を担っているか」を数値にする作業が不可欠だという点です。データと評価を生かすで扱う記録と集計は、その第一歩になります。
英国:キンシップケアを独立した政策領域として扱う
特別後見命令と国家戦略の策定
英国(イングランド)では、二〇〇五年に導入された特別後見命令(Special Guardianship Order)により、親族が親権に近い法的権限を持って子どもを養育する枠組みが整えられました。さらに二〇二三年十二月には、政府として初めてのキンシップケア戦略が公表され、親族養育者への財政支援の試行、雇用主に対する休暇制度の整備の呼びかけ、地方自治体に対する支援方針の策定義務などが盛り込まれたとされます。
英国の特徴は、親族養育を児童保護制度の一部として扱うだけでなく、「キンシップケア」という独立した政策領域として名前を与え、専任の担当を置いた点にあります。名前があることで、統計の整備、当事者の発言、支援団体の活動が一つの流れにまとまりました。
当事者団体による調査と法的助言の提供
英国では、Kinshipや家族の権利グループ(Family Rights Group)といった団体が、親族養育者を対象とした年次調査を行い、経済的困窮や孤立の実態を公表しています。これらの団体は、法的な立場の整理や給付の申請に関する助言も提供しており、公的機関と当事者の間を埋める役割を果たしています。
日本で同様の機能を担う候補は、里親支援機関、社会福祉協議会、NPOなどですが、祖父母養育家庭を専門に扱う組織は限られています。既存の支援機関の中に「祖父母養育」という切り口を設けることが、現実的な出発点になります。
オーストラリアとニュージーランド:親族養育を主流の選択肢に置く
オーストラリアの家庭外養育における親族の比率
オーストラリアでは、家庭外で養育される子どものうち親族による養育が最も大きな割合を占めるとされ、里親と同等の手当が支給される州が多くあります。連邦政府のサービス機関には、孫を育てる祖父母を対象とした専門の相談員(グランドペアレント・アドバイザー)が配置され、給付や支援の案内を行っています。
注目されるのは、祖父母を「里親の一種」として扱うだけでなく、「祖父母」という属性に着目した相談窓口を設けている点です。祖父母世代は高齢者向けの制度と子育て世代向けの制度の両方に関わるため、両者をまたぐ窓口の存在が手続きの負担を減らします。
ニュージーランドの文化的背景と当事者組織
ニュージーランドでは、先住民マオリの拡大家族(ファナウ)による養育の伝統を背景に、親族による養育が制度上も重視されています。祖父母が孫を育てる家庭を支援する当事者団体が全国規模で活動し、ピアサポート、法的助言、相談支援を提供しているとされます。
文化的背景は日本と異なりますが、「親族による養育は特殊な例外ではなく、家族の形の一つである」という前提を制度に組み込んでいる点は参考になります。日本でも三世代同居や祖父母の関与は長く一般的でしたが、それを支援の対象として制度化する発想は弱いとされます。
韓国:統計による把握と地方自治体の条例
祖孫家庭を統計と政策の対象にする
韓国では、祖父母と孫だけで暮らす家庭を「祖孫家庭」として統計上把握し、経済的困窮や祖父母の高齢化を課題として認識する政策が進められているとされます。一部の地方自治体では、祖孫家庭の支援に関する条例を制定し、生活支援や学習支援の根拠を設けています。
日本と社会構造が近い韓国の事例は、統計による把握が政策の出発点になることを示しています。日本の国勢調査でも祖父母と孫の世帯は把握可能ですが、親の不在や養育の実態までは分からず、支援の必要性を示す統計として使いにくいのが現状です。
高齢者施策と児童施策の接点をつくる
韓国の取り組みでは、高齢者福祉と児童福祉の両方の部署が祖孫家庭に関わる構造が見られます。日本でも、祖父母養育家庭は介護保険や高齢者の医療と、児童福祉や教育の両方に関わります。どちらの部署も「自分の所管ではない部分」を見落としやすく、部署をまたぐ連携の仕組みが必要です。
実務では、地域包括支援センターと子ども家庭センターの担当者が同じ家庭に関わっている場合に、本人同意のもとで情報を共有する取り決めを設けることが現実的な対応になります。
日本の実務に応用できる論点と限界
四つの共通要素を日本の制度に当てはめる
各国の動向に共通する要素は、名前を与えて可視化すること、統計と調査で規模を示すこと、経済的支援と情報提供の両方を用意すること、当事者組織が政策に関与することの四つです。日本では、親族里親制度が経済的支援の一部を担っていますが、児童相談所の関与がない家庭には届きません。情報提供と相談支援を、里親制度の外にいる祖父母養育家庭に届ける仕組みが、最も大きな空白とされます。
実務者ができることは、自分の地域で祖父母養育家庭がどれだけ存在するかを把握し、既存の窓口の中に「祖父母が養育している場合」の案内を用意することです。制度と実務を確認するで整理した給付と手続きの一覧は、その案内の土台になります。
安易な輸入を避けるための判断基準
海外の制度を参考にする際は、その制度が前提とする児童保護の枠組みと、日本の枠組みの違いを確認します。米国や英国の親族養育支援は、親からの分離を伴う児童保護の文脈が強く、日本の「親の就労を補う祖父母の関わり」とは対象が異なります。日本で必要なのは、補助的支援から主養育型までの連続した層に対応する支援であり、海外の主養育型向け制度だけを参考にすると、多数を占める分担型の家庭が取り残されます。
もう一つの判断基準は、当事者が制度を「使いたい」と思えるかです。祖父母世代の抵抗感を無視して制度だけを整えても利用されません。担い手を広げるで扱った当事者同士のつながりを先に育て、その声を制度の設計に反映させる順序が、海外の経験からも支持されます。
海外事例を実務に落とし込むためのチェックリスト
比較の際に確認する五つの問い
- その制度は親からの分離を前提にしているか、日常の補助的支援も対象にしているか
- 経済的支援と情報提供のどちらを主眼にしているか、両方を備えているか
- 当事者組織はどのように制度設計に関与しているか
- 統計や調査はどの単位で規模を示しているか
- 日本の既存制度(親族里親・児童手当・子ども家庭センター)のどこに接続できるか
五つの問いに答えることで、海外の事例を「良い制度」として紹介するだけでなく、自分の地域で何が不足しているかを特定する材料に変えられます。海外の当事者団体の年次報告書は多くが公開されており、翻訳しながら読むだけでも実務の示唆が得られます。
参照する際の注意点
海外の統計値や制度の内容は年ごとに更新されます。本ページの記述は一般的な枠組みを示すものであり、具体的な数値や制度の細部を引用する場合は、各国政府や当事者団体の最新の公表資料を確認してください。二次情報だけで判断すると、廃止された制度や変更後の要件を前提にしてしまうおそれがあります。
まとめ:海外事例は答えではなく問いを与える
米国、英国、オーストラリア、ニュージーランド、韓国のいずれも、祖父母や親族による養育を「見えない家庭」から「支援の対象」に変える過程を経ています。共通するのは、名前を与え、規模を示し、経済的支援と情報提供を組み合わせ、当事者が制度に関与する流れです。
日本では、親の就労を補う関わりから主養育まで連続する層に対応する設計が求められます。将来の人口動態と家族の変化を踏まえた見通しは将来を見通すで、家庭で試せる工夫は実務ブログで扱っています。