
NEWS ANALYSIS · 2026年10月30日
孫の世話が将来の年金額を増やす英国の制度 祖父母の無償労働を実績に変える仕組み
ニュースの概要
英国では、祖父母が孫の世話を担うと将来の公的年金が増える仕組みが、改めて話題になっている。Specified Adult Childcare Credits(=指定された大人の育児クレジット)と呼ばれる制度で、児童手当を受けている親が、自分に付く国民保険の育児クレジットを、世話をする親族へ移せる。対象は12歳未満の子ども、障害があれば17歳未満の子どもを見る人で、働く時間の条件はない。報道によると、これまでの利用者は123,138人にのぼる。家庭内の無償の育児に、年金の加入実績という形で値段を付ける試みである。
引用元: 英国で祖父母の育児支援が公的年金の増額につながる制度に注目(AOL)
分析・見解
孫守りの1年が年金の「1年分」として数えられる
英国の新しい国家年金は、国民保険の納付実績が35年分そろって満額になる。単純に計算すると、1年分の実績は満額のおよそ35分の1にあたる。働いていない期間が長い祖父母にとって、この1年は小さくない。孫の世話をしていた時間が、そのまま「保険料を払った年」として数えられるからだ。
この制度の要点は、新しくお金を払わせるのではなく、親がすでに持つ権利を移す点にある。児童手当を受ける親には、育児期間のクレジットが付く。ところが多くの親は復職後、自分の就労だけで実績を満たす。使い切れない権利を、祖父母に回す設計である。国の追加負担が小さく、家庭の側には実利が残る。
利用者12万人強をどう評価するか
123,138人という数字は、見方で評価が割れる。英国には、孫の世話を日常的に担う祖父母が数百万人規模でいるとされる。それと比べれば、利用者は一部にとどまる。制度そのものが十分に知られていない可能性が高い。
もう一つの壁は手続きの構造だ。利益を受けるのは祖父母だが、申請の起点は親にある。親が制度を知り、書類を出さなければ始まらない。受益者本人が動けない仕組みは、普及の速度を落とす。ここに、制度の入り口を広げる余地がある。
日本の年金制度と並べて見える違い
日本には、育児期間中の保険料免除や、扶養される配偶者の仕組みがある。ただし、どれも親本人が対象だ。祖父母が孫を預かっても、年金額は変わらない。
それでも、共働き世帯の増加で、祖父母に子どもを預ける家庭は多い。送り迎えや病気の日の看病は、制度の外側で大きな経済価値を生んでいる。英国の仕組みは、その見えない価値の一部を、年金という形で返す試みと読める。新しいのは金額の大きさではなく、「家庭内の支え合いを公的に数える」という考え方そのものである。
効果が大きい人と、そうでない人
効果は誰にでも同じではない。すでに35年分の納付がある祖父母には、追加の意味が薄い。早めに仕事を離れた50代後半から60代前半で、納付年数が足りない人にこそ効く。
今後は、就労の延長で祖父母世代の現役期間も長くなる。育児と仕事の両立を支える側として、制度の対象や手続きが見直される場面も出るだろう。
ビジネスへの影響
従業員の「家族の支え」を人事制度で見える化する
日本企業にとっての示唆は、制度そのものの輸入ではない。従業員の背後にある家族の支え、つまり祖父母による送迎や預かりを、会社が把握しているかという点だ。祖父母の協力が前提の働き方は、その協力が途切れた瞬間に崩れる。
面談や社内アンケートで、育児を誰がどう支えているかを任意で聞いておくと、急な休みやシフト調整の予測が立てやすくなる。費用は小さく、離職の予兆も早くつかめる。
年金や福利厚生の相談窓口に取り入れる視点
企業が従業員向けに年金やライフプランの情報を出すなら、「親世代が孫の世話で自分の老後資金をどう削っているか」という視点を加える価値がある。祖父母が時短勤務や早期退職を選ぶと、その分だけ将来の年金が減る。
金融機関や保険、人材サービスの事業者にとっては、シニア層向けの相談メニューを作る手がかりになる。孫の世話で働く時間を減らす人向けに、納付の穴をどう埋めるかを示すだけでも、実用的な情報提供になる。
制度設計を学ぶときに確認したい三つの点
新しい支援策を検討するなら、次の三つを確認したい。第一に、手続きの起点が受益者本人か。第二に、利用者数が対象者全体の何割か。第三に、既存の負担を増やさず、余っている権利を活用できているか。
英国の例は、第三の点で優れ、第一の点で課題が残る。自社の制度でも、申請の入り口を利用者側に置けているかを点検すると、形だけの制度になることを避けられる。